一番熱い漢(達)

昨日、力の限り一番熱いオトコは国分太一だと語っておりましたが、本日順位が入れ替わりました。(早っ)いや、いつでも好きなんですけど。

今朝、駅で氣志團が表紙のワッツインを購入、25分間揺られながら巻頭特集隅々まで目を通しました。その本の中で、涙で曇って読めま千円な、一番ブリリアントな言葉をのたまったこのお方、白鳥松竹梅、完敗です。

『やっぱり隣にランマがいないのは変な感じで。スクリーンにランマの映像が出たときはウワ〜!って込み上げてきました。無理してでも一緒に出たいって気持ちはありましたよね。』

ダブドラです。ダブルドラゴンです。離れていても、片方がお腹が痛くなればもう片方も然り。片方が頭を打てばもう片方もしか・・・いやいや、でも、ランマの痛みや無念さやその他もろもろを、松坊はきっと一番理解していた・・・やも?いや、していたはず。
ちっこい頃から仲良しで、二人で夢を抱いて鹿児島から出てきて、一緒にその夢をかなえたい仲間を見つけて、二人とも言葉が少々不自由だから、拳でわかりあったりしながらお互い最大の理解者として頑張ってきたはず。そして一つの区切りとなるハレの舞台、東京ドーム、そこに、一番共に喜びあいたいであろうハズのランマの姿はなく。

あの日の松坊、口を一文字に結んで、黙々と自分のやるべき仕事に取り組んでいた。マツボウサンバではキラキラな笑顔を見せてくれたけれど、それ以外で彼が笑った顔は記憶にない。そして私も、笑えなかった。楽しいはずの、大好きな氣志團ちゃんの一世一大の晴舞台が、本当に涙で曇って見えなかった。

翔やん以下、皆で下した「5人でやる」という決断は、おそらく一番正しいものだったのだろう。皆が痛みを伴いながらも、あの日、ケジメをつけると決めていた、最終章、東京ドーム、あの場所に立ったことが大きな意味を持っていたというのは、数々の翔やんのインタビューでもうかがい知ることができるし私にもわかる。確かに、ランマの行動は残念だとしか言いようがないけれど、そんなことは誰もがわかりきっていることで。

これを機に、少し心が離れてしまった人もいるかもしれない。
最終章、ドームが最後の人は、未だに気持ちの整理がつかない人もいるだろう。

そして、翔やんは、きっとそれもわかっていると思う。

失った信用を取り戻すのには、かなりの時間を要するだろう。ファンも、関係者も。

でも、私はあの日見た。
バツが悪そうに、でも嬉しそうに、末っ子が謝り易いように度々機会を作ってあげる翔やんを。
『ゆかいな仲間たち』の前奏で大写しになった、少しはにかんだ笑顔のランマを。
続いて大写しになった、満面の笑みの松坊を。
「ずっと待っていたんだ〜」でランマを指差す光を。
ランマの元気な姿を、それを嬉しそうに見守る5人の姿を。
大阪城ホールで、見た。

女性なら誰でも憧れると思う、男同士の『仲間』意識。私は氣志團の中にそれを見ているんだと思う。彼らの歌を聞くと、中学生や高校生の頃のヒーローだった男の子達の顔が、笑っている顔が思い浮かぶ。幼いなりに一生懸命で、未熟だけど嘘のない、幸せな世界にいた、キラキラしたあの頃を思い出して、泣ける。 取り戻せない時間を、彼らの中に重ねてみる。気取った人の言葉なら聞き流してしまうんだけど、彼らなら胡散臭すぎて逆に信じてみたくなる。

熱い漢達、今のところ不動です。

昨日はついうっかり忘れててスマン。

うっかりだ。